----- 汝の罪人を愛せよ >>> 14 妃奈子は家に戻ってからも、幸の時計をずっと手にしていた。 ◇ ◇ ◇ 「保苑君、待って。保苑君!!」 幸は呼び止められて振り返る。 あれから直ぐに電車に飛び乗って妃奈子の家の最寄り駅まで一緒に向かい、駅前で妃奈子と別れた後、幸は警視庁の所轄署へ急いだ。鑑識へ妃奈子から預かった時計を大至急調べるように頼んでいたが、幸の名前を呼んだその鑑識課の男は渋い顔をして駆け寄ってきた。 「もう分かったんですか。早いですねえ」 「あの時計、ホントにあの女の子が持ってたって?」 「ええ、そうですけど…」 それがなにか、と続けようとした幸を彼は辺りを窺うようにした後、廊下の隅へと追いやった。 「なんであの子があんな物持ってんの」 「それが分かんないからお宅に預けたんでしょう?」 「持ち主の身元はすぐに分かったよ」 男はさらに声を落とした。 「防衛庁長官の息子だった」 幸は一瞬大きく口を開きかけたが、きゅっと唇を噛んだ。男から時計の入った袋を取り上げると、ありがとうございますと答えて再び歩き始めた。 「保苑君、ちょっと、どこ行く気?!」 「どこってお隣の県まで」 「これがどういうことか分かってんのか」 「あの子に確認取った後で任意同行でしょう」 構わず歩く幸を署の刑事が引き留めた。 「それがなんの物証になるって言うんだよ」 「アリバイを訊くだけでも?」 「保苑!!」 幸は掴まれた腕を振り払うと、血相を変えて後を付いてくる輩を睨むように見渡す。 「話聞くだけでしょう、何をためらうことがあるんすか」 「関係があってもなくても、マスコミに知られたら大事だぞ。軽々しく動くことは許されん」 「あなた方は犯人と知りつつ野放しにすることと、たかが政界トップの息子ごときと、どっちを気にしてるんですか。もともと世間から忘れ去られようとしてた事件なんだ。今更マスコミが騒ぐわけもない。そんなに誤認逮捕にビビってるんなら布石を固めりゃいいんでしょう?」 啖呵を切った幸に、一同は一瞬水を打ったように静かになった。途端にふざけるなと言う罵倒と共に拳が降りかかってくる。幸はそれらを器用に避けながら叫んだ。 「あんた達はなんのためにこんなことやってるんだよ」 尚も殴りかかろうとするのを押さえる人間と、幸をそれらから離そうとする人間とでさらにごった返す中、幸は努めて冷静に、だが怒りを煮えたぎらせながら言った。 「俺は犯罪者を捕まえる為にやってる。少なくとも蓼倉さんからはそう教わってきた。あんたらは違うのか?!」 「ならやってみろ」 不意に騒ぎの外から声がして一斉に振り返る。老年の刑事が咥えタバコでニヤニヤと笑っていた。 「お前らそんな暇があるなら仕事しろ、仕事」 そう言いながら、その男は幸の側まで行くとにやりと笑った。 「蓼倉も面白い子分を持ったよなぁ」 幸が訝しげに目を細めると、男は幸の二の腕をぽんと叩いた。 「丸山がよろしく言ってたって蓼倉に伝えといてくれや」 一同は拍子抜けしたように、各々の持ち場へ戻っていく。幸も唖然としたように丸山を見つめた。丸山はデスクに戻りかけた刑事課長に向かって叫んだ。 「課長、俺がこいつに付いてもいいかね」 「なっ…、丸さん、俺はどうなるんすか」 それまで幸と一緒に組まされていた刑事が目を丸くする。 「足引っぱってばかりのお前じゃ、進むもんも進まねぇだろうが」 「そんな…、課長!!」 課長と呼ばれた中年の男は渋い顔をしていたが、一言、丸さんよろしくと言うと部屋に戻っていった。そのやりとりを黙ってみていた幸に、丸山はにっと笑って行こうかと歩き始めた。 「あの…」 「なんだよ、確信があるんだろう?」 「ありますよ」 新たにタバコを取り出した丸山に幸はライターの火を差し出した。 「おお、すまねぇ。…ま、今まで継続捜査とは名ばかりでほとんどほったらかしにしてたのが事実だからな。お前さんが短期間で物証持ってきたことにみんなビビってんのさ」 丸山は煙を吐くと幸を眩しそうに見上げた。 「お前さんが本店イチ押しの男か。やり方は乱暴なとこもあるらしいが、蓼倉直伝じゃしょうがねえやな」 幸も黙ってタバコを吹かした。 「その蓼倉も俺直伝だから、文句を言えた義理じゃねえってわけだ」 幸がぴくりと反応して丸山を見下ろすと、まあそういうこったと丸山は不敵な笑みを浮かべた。幸は納得したようにふっと笑った。 神奈川県警の所轄署に赴くと、差し出した時計と書類を見て加東の顔は引きつった。 「彼は今もこの近辺に住んでんのかな」 「ええ、確か」 「じゃ、居場所確認しといて下さい。俺は写真見せに行きますんで」 加東は分かりましたと硬い表情で答えただけだった。幸はその様子を見て去り際ににやりと笑う。丸山はそれぞれの顔を見比べていたが鼻で笑って幸の後に続いた。 Copyright (C) 2002 Mutsu Kisaka All Rights Reserved. |