----- ラブリー >>> 6 ココだけの話、椿にくっついてる時が好きなの。 くっつく、っていっても、今までみたいにソファでとかじゃなくって、もちろんソファでくっついてるのも好きなんだけど。 つまり、椿の部屋でってこと。 友達はラブホとか行かないの? とか、彼氏自宅なのに親とかよく平気だね? とかビックリしたように言うんだけど、でもおじさんは平日だろうが休日だろうが関係なく仕事してる人だし、忙しい時期にはホント家にいないし、ヘタすると海外に行っちゃってるし。だから休みの日の昼間にこっそりくらいなら別にいいかなって思ってたんだけど、やっぱおかしいのかな。 ご飯を食べてたら、帰れそうにないからこのまま泊まるっておじさんから電話が掛かってきた。せっかく作ったのにって椿はぼやいたけど、それはよくあることだ。 「まあ、いっか。置いておけば帰ってきたときに食うだろ」 って、犬じゃないんだから。片づけながら呆れていると、ナニ? と椿が目を細める。 「そうだ、美哉。こないだ自分でも出来そうなゲームないか訊いてたろ。ちょうど格ゲー借りてるけどやる?」 「あたしでも出来るの?」 「適当にボタン押してりゃ、いつかまぐれで勝てるよ」 そう言いながら椿はプレステの電源を入れる。少しは手加減してくれるかと思ったら、つい手が動いちゃうんだよなぁってうそぶいてる。そのうち連勝に飽きたらしくてコンピューター対戦でやれば? と椿はソファにごろんと寝転んだ。 「よっしゃあぁぁ!」 悪戦苦闘の末にやっと勝てて思わず叫んだら、椿がよくできましたと頭に手をぽんと置いた。意気揚々と椿の方を振り向いて、その背後の時計に目をやってあたしは固まった。 「うそ、もうこんな時間?」 「おばさんに電話して、朝までやってそうな勢いだって言っておいたから大丈夫」 「いつ?!」 「美哉がのめり込んで人の話聞いてなかったとき。このまま泊まってけば」 椿はあたしがほんとに気付いてないのを知って盛大な溜息をついた。いつの間に電話なんかしてたの? 「ママ、いいって言ったの?」 「俺の背後でちくしょーとか叫んでる娘の声聞いて嘆いてたけどな」 うわぁ、家に帰ったら絶対お小言食らっちゃう。やっぱりあたしゲームは向いてないわと溜息混じりに言うと、椿は賢明な判断だなと返した。 「どうする、風呂入る? いちおう沸いてるけど」 「つ、椿は?」 「もう入った」 そんなにあたし熱中してたんですか。そういわれてみれば、いつの間にか椿は着替えてるし、髪も湿ってる。 「タオルも出してあるし、着替えは俺のでいいなら置いてあるから」 やれやれって顔して椿が別のソフトを入れて、あたしが陣取ってた場所に座る。あたしはアリガトと言うとそそくさとお風呂場へ向かった。 なんか変な感じ。こうして椿の家に泊まるのって初めてじゃないけど、幼稚園とか小学生の頃だったからなぁ。ちょっと緊張してしまう。思えばあの頃って一緒にお風呂入ったりしてたんだっけ? うわ、よくやってたもんだわ。ていうか、あのくらいの歳だから出来たんだよね。そうね、あの頃に比べたらお互い身も心も成長したな。まさか成長後もハダカ見たり見られたりするとは思わなかったけど。 椿の家って湯船が洋風で、浅くて縦に長い。これが意外と滑りやすくて、うっかりしてるとお尻が滑って溺れそうになるのだ。昔はよく水没して椿に助けられてたっけ。 ふーん、マイルドシャンプー使ってるのか。ということは今夜はあたしも同じ匂いがしてるってわけよね。湯船に浸かりながら、そんなことを考えたら妙に心拍数が上がってきた。今日は一緒にご飯作ったりとかして、ちょっとした新婚さんみたい。 …新婚? 自分で自分の考えに恥ずかしくなって、慌てたら足を滑らせた。ごぼんと大きな音を立てて水が跳ね上がる。危ない危ない、こんな歳になってまでお風呂で溺れて椿に助けられたくないわ。 お風呂から上がると椿はまだゲームをやっていた。 こういう風に泊まったりするのって、つき合ったりしなくてもやってたのかな。例えばお姉ちゃんがまだ結婚したりしてなかったらどうだろう。椿はお姉ちゃんを意識して、あたしを遠ざけただろうか。もし今も、お姉ちゃんが椿の側にいたら、椿はあたしよりもまだお姉ちゃんのことを見ていたんだろうか。 そしたら椿はお姉ちゃんを選んでたのかな。 時々、ふとした瞬間にこんな事を考えてしまう。信じてないわけじゃない。でも、ちょっとだけ引っかかってしまう。 自分の気持ちにも。 もしまだお姉ちゃんがいたら、あたしは椿への気持ちに気付くことが出来たんだろうか。気付くことが出来たとしたら、あたしはどうしてただろう。椿に告白してたのか、諦めてたのか。 「冷蔵庫から好きなの出して飲んでいいよ」 テレビの画面を見つめたまま、椿が言う。 髪を拭いていたタオルが唇を掠めて、あたしは数時間前のことを思い出す。 気付いて欲しかったから、嬉しかった。ほんとなら一番に椿に見せて、反応が知りたかったんだ。一緒に買って貰った香水も、控えめにつけてたんだけど、椿は気付いてくれたのかな。もし気付いてくれてたのなら、こういうの好きかな。 「椿も好きな匂いかな」 売場でそう呟いたとき、お姉ちゃんはバカねって笑ってたけど。 キッチンでキスされた時みたいに、急に椿の行動が分かんなくなるときがある。唇を撫でてる椿は別人みたいに艶っぽくて、あたしを見下ろす伏し目がちの顔は、いつものあたしを見る椿の顔じゃない。ああいうのを欲情してるっていうのかもしれない。そんな椿を目の当たりにすると、あたしを見てくれてるんだと思う。でも、そういう椿はなんだか怖い。どうしたらいいか分からなくなる。 もし長谷川ヒトミみたいな子が学校で椿の側にいつもいたら? 写真の椿は後ろ姿だけだったけど、どういう表情をして写ってたんだろう。キョニュウは好きじゃないって言ってたけど、キョニュウじゃない長谷川ヒトミみたいな子がいたら? 「なにぼーっとしてんだよ」 立ちつくして、背中を見つめていたらその背中が動いてあたしは我に返った。あたしは黙ったまま首を振る。 「美哉はあした授業あるの?」 「ないよ。だって土曜日でしょ」 「そうだっけ」 椿はもう寝るかと呟いてのそりと立ち上がる。眉間にしわ寄ってるぞ、と椿の指があたしの額をぐいっと押した。 「どうでもいいけど、Tシャツで短パンが隠れそうになってるのはどういうことだよ」 「全部おっきいんだよ」 「案外Tシャツだけでもいけるんじゃないの」 あたしは自分の足元を見た。確かにXLと書いてあるTシャツはお尻が隠れるどころか、太股の半分以上を隠している。 「…それってなんかヤラシくない?」 「そう? どうせ脱げば同じだろ」 階段を上りながら椿はさらっと言った。思わず足が止まる。椿はそれに気付いて振り返るとなんだよ、とあたしを見下ろした。 「別に、そういうことがしたくて泊まるわけじゃ…」 「分かってるよ。そういうことがしたくて泊まるよう仕向けたのは俺だってば」 上ろうと踏み出した一歩を下に向かって下ろした。 「なんで逃げんだよ」 椿は頭を掻いた。イヤならなにもしないよ、と低く言うと椿はあたしに向かって手招きをする。ホッとして上がりかけると、いきなりぐいっと腕を引っぱられて、小脇に抱えられた。 「え? うそっ、ちょっと」 「つーかさ、今日のお前は反則」 ナニが?! 相変わらず本だらけの部屋で、本を器用に避けながら椿は歩く。ぽいっとベッドに転がされてあたしは慌てて起きあがった。 「時々さ、イライラするんだ」 起きあがったあたしを再びベッドに押しつけて、椿があたしを見下ろしながら言った。 「ただ学校が違うだけなのに、なんでだろうな」 「…分かんない」 椿の顔が近付いてくる。 あたしは目を閉じた。 本当は椿とこういうことをするのは嫌いじゃない。布越しよりも、じかに肌が触れ合う方があったかくって気持ちいい。椿の体には血が通ってないんじゃないのって、前に園子が言ってたけど、実際は熱い。その熱さが心地よかったりする。 いつもはカーテンを閉めてても外が明るいんだけど、今日は暗い。お互いの顔がよく見えないから変な気分だった。おまけに椿もあたしも同じシャンプーの匂いがする。 お風呂に入ったからキレイだしって思ったら。 ちょっと油断した。 「やっ…、今なにした?!」 「イヤ?」 イヤとかそういう問題じゃなくって、こんな、エッチなことどこで覚えてくるんだろう。やっぱりビデオとか? こっそりレンタルで借りてたりするのかな? 椿がそういうの見てるって想像できない。そんなこと考えて必死に気を逸らそうとするのに、体が言うことを聞かない。返事の代わりに、さっきよりもさらに荒くなる息づかいで椿はあたしの気持ちを悟ったみたい。うかがうようだったのが、次第に大胆になってきた。 もうダメだ。何も考えられない。 もしかしたら? って疑問も、不安も、何もかも、どうでもよくなって、あたしは小さく悲鳴を上げた。 椿があたしの背中に腕を回す。熱い、少し汗ばんだ手のひら。そう、あたしはこの手が好きなんだ。 この感触が、あたしだけのものであって欲しくて、もがいてる。 Copyright (C) 2003 Mutsu Kisaka All Rights Reserved. |