----- ラブリー >>> 2 とうとう、高校も卒業してしまう。 幼稚園からずっと椿と一緒だったけど、たくさん初めてのことがあって、たくさん椿のことが分かった気がする。そしてちょっぴりの秘密の共有も。椿は親父にはバレバレなんだから秘密でも何でもないだろって言うけど。それでもあの日のことは二人しか知らない事だもの。 ウチの学校の制服は学ランだったから、椿はずっとボタン下さいって女の子達に追っかけられてた。私とつき合ってるって事が公になってから、椿と人との垣根はぐっと低くなった。たぶん、二人でいるときに喜怒哀楽をたくさん見せてくれるようになったから、ちょっとずつほかの人にもいろんな顔を見せているのかもしれない。それでも、学校にいるときは相変わらず能面みたいな顔の時が多いけど。 「美哉っ、これ持ってて」 式も終わって、そろそろ帰ろうかと廊下を園子と歩いていると、ばさりと学ランが目の前に飛んでくる。慌てて受け取ると、猛ダッシュで廊下を駆けていく椿がいる。ナニゴト? っと思ってると、横で園子がけらけらと笑う。 「ああいう姿を見られるようになったのは美哉のお陰かもね」 「そうかなぁ」 「恋に落ちると会長もあんな無邪気になるのね…」 「それとこれとは別な気がするけど」 この制服を椿が着るのも今日が最後だ。そう考えるとちょっと寂しくなっちゃう。ほのかに椿の匂いがして、思わず深呼吸してしまう。ボタンはまだ全部ついている。 椿が廊下の端に辿り着く頃になって、ばたばたと女の子達が後を追うように駆けていく。そのうちの何人かがあたしが持っている学ランに気がついた。 「西田先輩、それはっ」 あ、やばい。 「悪いけど、あたしの一存でコレをどうこうできないから」 「くそーっ。北野先輩考えたなっ」 そうなの? またもやまんまと利用されたってこと? うわー、女の子達の目が食いつかんばかりに学ランに注がれている。今、コレを彼女たちの中に放り投げたらピラニアもビックリの光景が拝めるかもしれない。我先にと学ランに伸びるたくさんの手。びりびりに引き裂かれる学ラン。その残骸を奪い合う女の子達。阿鼻叫喚の世界。そんなブラックなことを想像しつつ、いつまでも囲まれているのは辛いから、少しだけ椿情報を教えてあげることにする。 「ちなみに椿が向かったのはグラウンドだと思うよ」 それを聞いて女の子の群がどどどっと移動し始める。最後の方にいた子があたしの顔をまじまじと見て言った。 「なんで分かるんですか?」 「なんでかな? なんとなく」 「だから西田先輩は北野先輩とつきあえるのかな」 その子はぽつりと言うと、卒業おめでとうございますと小さくお辞儀してみんなの後を追って駆けだした。 あたしが椿とつきあえる理由? そんなの考えたこともなかった。ただ、椿ともっと一緒にいたくて、幼なじみという関係に満足できなくなって。そんな気持ちを抱いてるのは自分だけだと思っていたら、そうじゃなかった。 「グラウンドで何するの?」 「たぶん、ゲーム納め」 「は?」 園子はナンダソリャって顔してあたしを見る。あたしは苦笑しながら言った。 「行ってみる?」 春とは名ばかりで、ぱさぱさした風が吹き抜けていくグラウンド。その片隅で野球部やサッカー部の子達が集まって先輩を送り出している。賑やかなようで、でもなにか大切なものが抜け落ちてしまったかんじがする。どこか後ろ髪を引っぱられるような空気が学校にはある。 グラウンドの片隅にはさっきの女の子達が集まってて、甲高い叫び声を上げている。彼女たちが声を送る先には、バスケコートでボールを操る男の子達がいた。 「あれって、会長のクラスの野郎共じゃん」 「そう。珍しく椿もハマってるの」 「へー、そりゃすごいわ」 「…お金賭けてるから」 なるほど、と園子が納得したように低い声で呟く。 コートの脇で、出番待ちの子が女の子達に向かってうるさいと中指を突き立てた。途端に女の子達がブーイングを起こす。椿が振り返ると、その声がぴたっとやんでまた歓声に変わる。出番待ちの子をちらりと見てから椿はにやりと笑った。笑いながら女の子達に人差し指と中指を突き立てる。指が一本増えてはいるけど、意味合いは同じだ。今度は男の子達から歓声が上がった。 園子が目を丸くしている。会長ってあんな人だったの? と目であたしに問いかける。もともとの性格はあんなかんじだよと言うと、園子はヒツジの皮被ってたのかと唸った。 「ねえ、美哉。もっと近くで見ようよ。特権利用してさ」 「特権?」 「会長の彼女の座に決まってんでしょ。さ、行くよ」 特権のお陰なのか、指をくわえてみている女の子達の間をすり抜けて、あたし達は難なくバスケコートのすぐ脇に行くことが出来た。おおっ、と男の子達から声があがる。おまけにベンチまで譲って貰っちゃった。椿は何で来るんだよ、と言いたげに息を弾ませながらあたしを睨んだ。ふんだ、そんな顔すると学ランをピラニアの群の中に放り込んでやるんだから。 その考えが伝わったのか、椿はチッと舌打ちすると、ボールをリングに向かって投げる。シュッと音を立ててロングシュートがきれいに決まった。 「西田さん、北野の弱点教えて」 「なに言ってんだよ。これ以上ハンデ付けさせる気か」 コートから椿が叫ぶ。よくよく見ると、ほかの子はスニーカーとか、学校指定の運動靴なのに、椿だけ革靴だ。 「ハンデになってねーんだよっ」 時おり足が滑りそうになってるけど、ほぼ互角。さっきから順調にシュートを決めている。あれでバッシュとか履こうものなら椿の独壇場かもしれない。 「つーか、既に身長で差がついてんだから、あれくらい当然だっつの」 あたしの隣にいる子がキリキリと爪を噛む。足を滑らせた椿にすかさず叫ぶ。 「うあーっ! 今の! 今のトラベリング!」 「っるせえよ!」 椿は体勢を立て直すと叫び返した。昼休みだけのゲームだったから、こうやってまともに見るのは初めてだった。涼しげな顔しか見せない椿が、みんなと一緒に汗を浮かべて走り回って、シュートを外して笑っている。 ふと小学校の頃の椿を思い出した。おばさんがいた頃は椿はこういう子だったっけ。懐かしいのと、またこんな椿の姿を見ることが出来たのとで、なんだか鼻がツンとしてきた。恥ずかしいから風が冷たいせいにするように、マフラーを鼻先まで引き上げた。 「交代、佐々木入れよ」 椿がコートから外れてあたしの側まで来る。隣にいた子が気を利かせてくれて、椿はあたしの隣にふーっと息をつきながら座った。空気中に放出されてる椿の体温がじわりと伝わってくる。 椿はコートの方をまっすぐ見つめている。その横顔を盗み見た。不意に、やっぱり椿が好きなんだと思った。目に掛かるまっすぐな髪の毛とか、澄んだ眼差しとか、細くて長い指とか、広い背中とか、口数が少ないクセに口の悪いトコとか、大人びているかと思えばこうして子供っぽかったりするところとか。へんなの。別に学校と一緒に椿とさよならするわけじゃないのに、感傷的になってしまう。 「なに?」 「え?」 不意に椿がこっちを向いた。そんなに長く見つめていたつもりはないけれど、凝視していたのかもしれない。頬が熱くなるのを感じて慌ててなんでもないと下を向いた。椿はあっそうと素っ気なく言った。 「まだ帰んないだろ?」 「うん」 椿はあたしの膝に置かれている学ランに目を落とした。 「もうそろそろカタが付くから。寒かったらそれ着てろよ」 「ヤダよ。女の子達がまた大騒ぎするよ」 「風邪ひくぞ」 立ち上がりざまに、椿の手がくしゃりとあたしの頭を撫でる。コートに戻っていく後ろ姿を見ていたら園子の手がにゅっと伸びる。 「あたしは寒いわ。会長の愛のお裾分けして」 その手をぺちりと叩いてから、しょうがないなぁと学ランを広げる。細身だけど大きいからあたし達二人くらいは風を防いでくれるはず。 「北野ーっ、決めろやー」 コートの椿を見る。ボールを一度ついて、構える。綺麗な放物線を描いてフリースローが決まった。ハイタッチをしながら椿が笑う。 こういう椿をもっともっと側で見ていたい。どんどん欲深くなっていく。止められない。ピラニアなのは、本当はあたしなのかもしれない。 この日、あたし達は高校を卒業した。 Copyright (C) 2003 Mutsu Kisaka All Rights Reserved. |