----- ラブリー >>> 11 『スキ』 そう言えば、そんな言葉ひと言も口に出してなかった気がする。お互いに。 渋谷のメキシコ系料理のお店で、あたしと園子は久しぶりに再会した。狭いビルの2階にあるこの店は、ガラス越しに暖かい日差しが降り注いでくる。冬だと店内でも肌寒かったりするようなこの店は、こぢんまりした感じがちょうどいい。 シェイクが甘ったるく喉に張り付く。 「ねぇ、園子。どのくらいの頻度で彼氏に好きって言う?」 は? と園子は力の抜けた顔して、アーモンドシェイクのストローから口を離した。 「どれくらいって、そりゃ数えたことないから分かんないよ」 「そっか」 数えたことないってことは、言ってるってことだよね。あたしはシェイクをぐるぐるとかき混ぜながら考えた。 あの時は、椿が必要って言った。でもそれは好きっていうのとはちょっと違うよね。椿は、好きとかじゃないって言った気がする。ただ、糸は切らないって。それはほかの人とは違うんだって言ってくれたようなもので、それは分かるんだけど。 ちゃんと好きって伝わってるのかな? 「なんかあったの?」 「え?」 慌てて顔を上げると、園子はあたしを覗き込むように見ていた。 「いやぁ、ずっと一緒にいたせいなのかな? なんか、イマイチらぶらぶじゃないのかも、とか思っちゃって」 あはは、と無理矢理笑うと、園子はふうんと不思議そうな顔をした。 「あんたたち以上にらぶらぶがいたら見てみたいわよ」 「ほんとに? なんで?」 「なんでって…。らぶらぶにも色々あると思うけど、少なくとも会長の目には女の子っつったら美哉しか映ってないし、美哉もそうでしょ?」 そうかなぁ。いや、あたしはそうなんだけど。べたべたしてりゃらぶらぶってわけでもないでしょ、と言うと園子はまたシェイクを飲み始めた。 「だって、考えてみ? 校内でも5本の指に入るくらいの子たちが告ったときも『悪いけど、興味ない』で片づけちゃってた人だよ?」 あとからその話聞いて、もしあたしが彼女たちに告られようものなら一発オッケーだよね! って園子と騒いでたら、椿に白い目で見られたんだっけ。それくらいめちゃくちゃカワイイ子だったのに、椿はけんもほろろの対応だった。もちろん、椿がそんなだったからああしてふざけたこと言えたんだけど。 「コレはまだ言ってなかったけど、女にも男にも興味がないなんて、会長は生殖器官自体がないんじゃないかとまで一時期言われてたんだからね」 それを聞いてあたしはごほごほと咳き込んだ。イヤ、いちおう生殖器官も機能もちゃんとあるみたいなんですけど。 「それなのに3年の夏辺りになって、実はつき合ってたっていう風に知られちゃったわけでしょ? モノにしようと頑張ってた人たちは早く言えよって思ったと思うよ」 園子には例の出来事の後に、椿と幼なじみの一線越えましたって教えた。当然のごとく事実をちゃんと知ってる人はいないわけで、園子が言うように、大方の人にはあたしと椿はずっとプラトニックな恋愛関係だったって取られちゃったわけだけど。 「でもさ」 突然、園子はくすくす笑いながら言った。 「会長が『好き』とか『愛してる』とか口にするのなんて想像できないよね」 「失礼な」 「いやぁ、だってどんな顔して言うのよ?」 まさかあの無表情のまま? と言うやいなや、園子は一人でツボに入って笑いだした。 「言っときますけど、多少は表情筋を使うようになってるんだからね、アレでも」 「まあ、確かに卒業式の時はビックリしたけど」 あー苦しかったと言いながら、テーブルの上の紙ナプキンで園子は涙を拭う。 「最初からあんなだったら会長もっとモテてたんじゃない? よかったねぇ、自ずからバリアを張り巡らせてくれる人で」 「今はそうでもないみたい」 「どういうこと?」 きょとんとした顔で園子はあたしを見た。 「大学では最初からあんなでしょ? だから」 「やだ、うそ。まさか浮気?」 「う?!」 …わき? 浮気? そんなこと、あるわけ、ない。…はず。 ああ、でも、あの子は一体なんなわけ? いつも待ち伏せて、椿になにしようっていうんだ。 シェイクの氷をざくざくとつつきながら園子はさらに続ける。 「少なくとも高校の時の会長見てる限り、そう簡単に浮気に走るようには思えないけど。とにかく、そのストーカー女にちょっかい出されてるのは、彼女としては黙ってられないよねぇ」 ストーカー女…。そうか、待ち伏せされたりしてるってことは、そうだよね。 いやになっちゃうな。あたしがこうして不満たらたらでぼやいてる分には別にどうってことないんだけど、椿が珍しくへこんだりしてるのは、見ててつらい。 普段ならなにか言われてても、だからどーしたってくらいの勢いで、そういうことを気にしてないのが椿だ。もちろん顔に出さないだけで、本当はものすごく頭の中で考えるタイプなんだと思う。大抵は自己処理できてしまうみたいだから、悩み事も頭の中から漏れて出てくることがないだけで、そういうときは訊いても別になんでもないって答えが返ってくるだけ。 この間みたいに、どう思う? って訊いてくるときはそうとう悩んでるってことで、あんなこと尋ねられたらこっちが悔しくて悲しくなってしまう。椿にはどうすることも出来ないことで、もう考え込ませたくないのに。そう思っててもまわりはそうじゃないのかな。ごく普通に、椿をハッピーな気分でいさせてあげられたらって、そう考える方がおかしいことなのかなって思わされてしまう。 窓の下ではカップルが寄り添って歩いていく姿が何組も見える。あたしと椿がああやって一緒に歩いてるのは端からはどういう風に見えるんだろう? 「美哉?」 「え?」 とりわけ幸せそうなカップルに思わず溜息をついたら、園子にぱちんとでこピンをされた。イテッとおでこに手を当てて、園子の方を見た。 「神の一手が悩んでちゃ、会長もイライラするわよ」 「神の一手?」 そ、と言うと園子は含み笑いをした。 「なんて言うかさ、会長は詰めまでの間に何千通りもの考え方が出来ちゃうから、あんなにめんどくさい人なんだと思うのよ。でも美哉はそんなことが出来ないけど、時々すぱんと詰めに導く一言を発するからさ、会長は救われてるんじゃないの?」 なんでそんなことが分かるの? と訊いたら、美哉が話してくれることを聞いてそう思っただけ、と園子はなんでもないことのように言った。 「あたしで、椿は救われてるのかな?」 「あんただから、救われてるのよ」 行くよっと伝票を持って、園子は立ち上がった。 Copyright (C) 2003 Mutsu Kisaka All Rights Reserved. |