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 何となく気に食わなかった。

「美哉ちゃん、もらっていいか?」

 だから始めたゲームだった。


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「じゃーね、椿」
「おう」
 自転車を止めて、美哉が振り返ってふにゃっと笑う。俺を待たずに校舎に向かって足早に駆けていった。
 美哉は機嫌がいいときは文字通り、顔がふにゃっとなる。今日は一体なにが美哉の機嫌をよくさせてるんだかさっぱり分からないけど、世の中の男どもはこの顔にだまされてんだろうなと思う。カワイイとかぬかしてるヤツもいるけど、美哉は機嫌がいいときが一番怖い。機嫌が良ければ良いほど、その落差が大きいのだ。
 俺も自転車に鍵をかけると校舎へ向かった。
 美哉は怒ってるときの方が綺麗だと思う。普段より二割増しくらい目の輝きが違うような気がする。だからついつい怒らせるような言動をとってしまうのだけど。もしかしたら俺にはマゾっ気があるんだろうか。
 しまった、朝っぱらからしょうもないこと考えた。
 歩いていく先で一、二年と思しき連中が怯えたような顔で道を空けていく。無意識のうちに眉間にしわが寄っていたことに気付いた。
 その一方で、浮ついた顔で俺を見つめる女子生徒達がいる。副会長のせいで今年に入ってとんでもない迷惑を被っている。まあ既に弱みは握ってるし、このお返しは倍返しにするつもりではいるけど。

「なー、美哉ちゃん、まだ彼氏いないよな」
「…またか」
 久しぶりに美哉と一緒に登校してたところを見られてたのか。教室に着いた途端に麻生(あさお)がニヤニヤしながらくっついてきて俺の席の前に座る。人懐っこい笑顔で俺の一挙一動を見ている。
「またかはないだろ?」
「別に美哉じゃなくてもいいクセに」
 麻生はこの学校でかなりもてる方だと思う。美哉曰く、俺とは正反対らしい。確かに女ウケする容姿だし、性格も悪くない。おまけにバスケ部のエース。
 ただし女癖は悪いけど。
 いや、悪いわけじゃない。飽きっぽいのだ。それでもこいつに告る女が後を絶たないのだから、魅力が上回ってるって事だろう。
「美哉ちゃんはダメって理由もないじゃんか」
「おまえ、それは自分の胸に手ぇ当てて考えろ」
「んー、わかんね」
 麻生は自分の胸に手を当てて、神妙な顔をしたかと思うとけらけらと笑う。
「で? 今は誰?」
 溜息をつきながら言うと、麻生は一年のオダさんと答えた。
「ふーん。いつ告られたんだよ?」
「昨日。結構かわいい。小柄で、肩くらいの髪でさ」
 麻生はとうとうとオダさんについて話し始める。それでさっそく美哉を持ち出すのはどうかと思うぞ。
「微妙にルックスが美哉とかぶってんな」
 俺の冷ややかな目つきをものともせず、麻生は今度は上手くいくってと笑う。一体なにを根拠にしてるんだか。
「保って二ヶ月、三千円」
 俺はきっぱりと言い切った。
「おっしゃ」
 ちょうどいいタイミングでチャイムが鳴って、麻生は立ち上がると了解のハイタッチをかまして自分の席に向かった。

 美哉には秘密だけど、俺は今、麻生と賭をしている。
 麻生がつき合っている子と長続きしない方に、俺が勝ったら最初に提示したお金、負けたら美哉。
 きっかけは何だったか忘れた。多分、他愛もないことだったと思う。美哉は彼女かという問いに否定したら、もらっていいかと言われて咄嗟に口から出てしまった時にはもう遅かった。別に美哉が誰とつき合おうが関係ないハズだけど、そのときは妙にかちんときてしまったのだ。それ以来、ゲームのようにだらだらと続いている。
 なんであんな事を言ってしまったんだろう。
 担任は簡単な連絡事項を言うと、さっさと教室を退場していった。今日の一時間目は自分の授業だからそのままいればいいところを、担任は必ず自分のテリトリーの化学教室へ引っ込んでいく。多分担任にとって城みたいなもんなんだろう。自分に居心地のいい場所があるのは良いことだと思う。
 俺の場合は誰もいない生徒会室だ。図書室以上に落ち着く空間。担任が出ていくのを横目で眺めていると、入り口近くに座っている麻生がこっちを振り向いてニヤッと笑った。
 深い溜息がでた。
 どっちにしろ麻生が美哉とつき合うことは出来ない仕組みにしてあるけど、麻生はそれに気付いているのかいないのか。まあ、へらっと笑ってそれでもいいと言うのが麻生の憎めない所だけどな。
 
 
 明日は美千代姉ちゃんの結婚式だ。
 今日はそれだけで滅入る。美哉は二次会からとか言ってたくせに、招待状には親父を駆り出す為か、式から呼ばれていた。そりゃ同じプロのカメラマン使うなら親父に頼んだ方が安く済むのも分かるけど。ていうか、お人好しのあの人のことだから自分から言い出したんだろう。だからって俺まで同席させるなんてそんな話ありなのか。一体どんな顔して列席してりゃいいんだ。
 昼休みが過ぎて、ジャージに着替えると体育館に向かう。
 担当の体育教師は授業が始まる前に、毎回グラウンドか体育館を自主的にというより強制的に生徒達に走らせる。俺と麻生は連れだって走っていた。
「なあ、麻生」
「んー?」
 今日の授業は運良くバスケだ。
「今日暴れたいんだけど、つき合って」
 麻生は何事かという顔をしたけど、すぐにニヤッと笑った。合同で授業をしてる、隣のクラスのバスケ部仲間の所へダッシュで走っていく。麻生の交渉に一人がギョッとした顔で俺の方を見た。
 しばらくして麻生は俺の所に戻って来た。 
「オッケー。手筈はバッチリ。暴れたいなんて久しぶりじゃん。どうしたんだよ?」
「うん、ちょっと」
 俺は曖昧に笑った。

 その時間、俺は麻生と組んで、相手のバスケ部のヤツらがへこむくらいの点差で勝った。ダンクが決まると多少は気が晴れた。五人でやってても実際は二人ずつしか動いてない。ほとんど3オン3。相手はこういうのはもう勘弁、とうな垂れていた。
 悪い、君らのせいじゃない。麻生のアシストが上手いだけだ。さすが腐ってもエース。そう言ったら、腐ってねーよと麻生からタックルかまされた。


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「あら、椿くん。スーツ似合ってるじゃない」
 会場ではマジで居場所がない。親父はサービス精神旺盛で、式が始まる前からフラッシュたきまくっている。ああ、ほんとにどうにかして欲しい。親戚らしい人達を避けて、廊下の椅子に座ってぼーっとしていたら、美哉のおばさんに声を掛けられた。
「やだ、なーに、そんな捨てられた子犬みたいな顔して。美哉呼んできましょうか?」
 よっぽど情けない顔をしてたんだろうか。おばさんはハンカチでぱたぱた扇ぎながら、着物なんて慣れないもの着てるから大変、と言いつつ控え室へ消えていく。
 入れ替わりに振り袖姿の美哉が出てきた。
 すっごい満面の笑みだ。別にお前が嫁に行くわけでもないだろうにと呆れていると、俺の前まで来てくるりと回ってみせる。
 なんか、どーよ?! って自信が全身に溢れてるんだけど。
「七五三ですか」
 途端に美哉の顔色が変わった。
「ムカつくー。他に言うことないの?」
 ほらほらほらーと言いながら、袖をゆらゆらと振る。お前はモスラか。
「見目より心」
「ん?」
 美哉はキョトンとした顔をする。意味が分からなかったらしい。
「馬子にも衣装」
「…ああ、それは認めるわ」
 美哉は口を尖らしながら俺の横にすとんと座る。そうかと思えばまたニタニタしながら俺の方を見る。
「なんだよ」
「お姉ちゃんが成人式の時に着てた着物なんだ。ソーシボリなんだよ」
「はぁ?」
「ソーシボリ! 良く分かんないけど、高いんだって」
「あっそう」
 えらく機嫌が良かったのはこのことなんだろうか。それにしても今の美哉のうかれっぷりは、数ヶ月前に俺をここに招待することを気兼ねしてたとはとても思えない。
「椿」
「んー」
「大丈夫?」
 天井のインチキシャンデリアを見上げていたら、美哉が心配そうに覗き込む。
「今さら言うな」
「ごめんね」
 美哉は済まなさそうに笑った。
「やめろよ、余計へこむ」
 会場の係りの人がそろそろ、と呼びかけているのが見えた。立ち上がると、美哉は椅子に座ったまま俺を不安げに見上げる。
「ほら、行くぞ」
 美哉を促すと俺達は式場に向かった。

 お世辞抜きに、美千代姉ちゃんは綺麗だった。花嫁衣装ってのはすごい相乗効果だなと素直に思った。誓いのキスは見たくなかったけど。
 式も披露宴も済んで、新郎新婦に見送られるようにして会場を後にする。
「おめでとう」
 呟くようにそう言うと美千代姉ちゃんは、わずかに寂しそうな表情を見せた。
 人がはけてしまって、とりあえずお開きになる。新郎側の幹事が二次会の場所へみんなを促そうと必死になっている。さっさと帰ろうかと思っていたら、俺は美千代姉ちゃんから声を掛けられた。
 今、目の前に立っている人はあいつのものなんだなあと思いながら、美千代姉ちゃんを見下ろす。
「ねえ、椿。もしかして、今もあのこと引きずってたりする?」
 いきなり言われて戸惑った。俺が動揺して何も言えないのを見て、美千代姉ちゃんは小さく息を吐いた。
「椿、あたしはね…」
「もういいよ、忘れる。分かってるから」
「そうじゃないわよ」
 美千代姉ちゃんは逃げようとした俺の腕をしっかりと掴んだ。真っ直ぐ俺を見つめて、そして言った。
「ちょっとだけ期待してたの。でもね、あたしはあれでやっぱりなって思った」
「なにが」
「椿の目には、あたしは映ってないんだなって」
「なにそれ」
「求めてたことが違っただけよ」
 美千代姉ちゃんは寂しそうに笑った。
「もう気付いてるのかと思ったのに」
 何のことを言ってるのか訳が分からなかった。
「美哉のことよろしくね。寂しがり屋の甘ったれだから」
 美千代姉ちゃんはうつむいてそれだけ言うと、なにかを吹っ切ったように顔を上げて微笑む。俺の手をとってぎゅっと握りながら、じゃあと短く言うと相手の元へ戻っていった。
 今年一番最悪な出来事だった。


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