-----  庭の椿




き キリリと制服を着こなし

た 高いところから見下ろして

の 能面みたいな顔で

つ 冷たい態度もとるけれど

ば バスケが好きで

き きゅんとするような笑顔を見せる男の子


 それが北野椿、17歳。あたしの幼なじみ。



 椿の家の庭には、赤と白のツバキが植えてある。
「ヨインないよな」
 急に椿がひと言そう呟いた。
「悪かったわねぇ、ヨユウなくて」
 思わずヒステリックな声を上げた。それもそのはず、試験勉強はラストスパート。あたしはさっきから必死に、コレを解いたら数学はばっちり、という問題とにらめっこしている。
「違うって“余韻”だよ。庭の花のこと。余裕ない人をわざわざ追い込む趣味はない」
 そう返した出題者は、とっくに一段落ついて余裕しゃくしゃく。呑気な声の方を振り向くと、椿は体育座りして窓の外を見つめていた。
「ツバキってさ、桜みたいに花びらがひらひら散らずに、いきなり根元からぼとっと落ちるじゃん。なんか味気ない花だよ」
 椿はまた独り言のように呟く。
「そうかな。儚い感じがして、風情あると思うけどな」
「ふーん」
 俺はそういうのよく分かんないな、と椿は立ち上がった。
「知ってる? 椿に象って書いて、カメムシって読むんだ」
「亀に虫じゃないの?」
「そうとも書くけどね」
 イコール、カメムシって思われたいのかな? 時々、椿はよく分からないことを呟く。
 年末の事件以来、椿はちょっとヘン。
 感傷にひたるというか、なんとなくぼんやりしてることが多くなった。普段は、無駄な動きをしないくらいだから、これくらいがちょうどいいのかもしれないけど。
 酔った勢いとはいえ、泣いてる椿を見たのは初めてだったから、あれから私もちょっと挙動不審。
 パーフェクトだと思われてた椿が、崩れた瞬間。
 恋が椿を不完全に陥れてしまうとは思わなかった。
「終わった?」
 不意に背後から覗き込まれた。振り返ると触れ合ってしまいそうな至近距離。椿はそれに気付いてない。あたしは体を少し引いて、それからゆっくりと椿の方を向く。
「ま、まだ。だって難しいんだもん」
「そんなこと言って、制限時間内に終わんなかったら意味ないだろ」
「ウルサイなー。時間が減るから邪魔しないで」
「ハイハイ」
 ノートに目を落とす、その横顔にどきっとしてしまったり。あたしもヘンだな。
「ちなみに一問10点の換算で、現時点で40点だから」
「うそっ。8問目なのに、なんでっ」 
 顔をしかめたあたしに、椿は意地悪く笑った。
 椿はソファに座ると、またぼんやりと外を眺める。東京にしては珍しく、雪が降り始めた。薄曇りの空。椿の心も薄曇り、そんな風に見えた。
「例えば、俺がほんとに親父と母さんの子供だったら、どんな人間に育ってたんだろうな」
「え?」
「少しはまともだったかな」
 そのまともってどういう意味なんだろうと考えてしまう。手の動きを止めたあたしに気付いた椿は、表情をほんの少し固くした。
「どうせ椿説ってくらいだ。気にしなくていいよ」
「チンセツ?」
「椿に説って書いて椿説。ばかばかしい話って意味」
 椿はこういう言葉遊びが好き。自分に引っかけて、自嘲してる。
 あたしはさらに眉をひそめる。椿はそんなのお構いなしに続ける。
「そういえば、“椿庭”って書いて、父のことを意味するらしい」
 それもなにかに引っかけてるのかな。 
 庭のツバキは、沙苗おばさんの案で植えたらしい。この庭は冬になると寂しいからって。でも植えようって言った人がいなくなってしまった今、花を咲かせていても、この家はとても寂しい。温かいのに、寂しい。最近、それは家の雰囲気のせいじゃなくて、椿が発しているオーラなんじゃないかと思うようになった。おじさんがいても、椿は寂しい。
 どうしたら椿は寂しくなくなるんだろう?
 椿は、いつそういう気持ちに気付くんだろう?
 能面みたいな顔を、笑顔に変える人は誰なんだろう?
「ねえ、どういう子だったら、オーケーするの?」
「どういう子って?」
「3学期に入って、けっこう告白されてるんでしょ? 吹っ切るにはちょうどいいのに」
「余計なお世話」
 椿はあたしを睨む。
 でも、正直なところ、椿のことを理解できる子はそうそういないんじゃないかと思う。
 完璧さからこぼれ出た、意外な部分にみんな惹かれているらしいけれど、それはほんの一部。
 凛としているようで、でも繊細で。
 触れなば落ちん、と思わせられるけど、そうじゃない。
 落とそうと思って手を伸ばす輩には、頑なに枝に張り付く。そうやって毅然としてないと、ふとした瞬間に落ちてしまいそうなくらい脆いから。
「白いのと、赤いのと、どっちが好き?」
「…白は好きじゃないな。雪で消されて映えない」
「やっぱり」
「なにが?」
 不思議そうな顔をする椿に、あたしはさあねと答えて、解き終わったノートを突きつけた。
「残念、50点」
 一瞥して椿はそう言った。ソファから体を起こしてあたしと向き合うと、そんじゃ解説な、とペンを取った。
 白い色を否定するのは、他人と関わり合いたくないってことなんだけど。
 やっぱり、まだ精神的に参ってるって証拠。
 椿はきっとそれに気付いてない。
 椿が落とされるのには、もう少し時間が掛かるのかもしれない。


                                - 終 -



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