----- 汝の罪人を愛せよ


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 雨の降る夕方の商店街。
 もうだいぶ日は落ちかけていて通りは人もまばらだ。そこを大小の傘が並んで歩いていた。黄色の傘をくるくると回しながら、少年は母親に問いかける。 
「ねー、おかーさんまだー?」
「あとはお肉屋さんに寄ったらおしまい。お兄ちゃんとお姉ちゃんが待ってるから早く帰ろうね」
「ウン」 
 すみませんと精肉店の店主へ声をかける母親を眺めた後、少年は向かいにある文房具店へ向かう。店先に並ぶガシャポンを一つ一つ覗き込んで、そのうちの一つ、ロボットアニメの人形にしばし目を奪われた。そして母親に一回だけ、とねだるために道を挟んだ店にいる母親の方へ歩き始めた。
 その時、怒声と共に何者かが商店街を走ってきた。
 何事かと声の方へ顔を向けたその時、少年の体が地面から離れた。
 一瞬のことで少年は何が起こったのかさっぱり理解できなかった。
 黄色い小さな傘が宙に舞う。
 母親が振り返ったときには、少年は先頭を走る男に抱きかかえられていた。
 後続するのは警官達だ。彼らが通り過ぎるときに少年の傘がはじき飛ばされて、母親の足下へ転がってきた。
 母親の顔色が変わった。
「おかあさん!」 
 少年が叫ぶ。母親は自分の傘を放り出して後を追う。
 やがて一行は商店街のはずれのT字路で止まった。
「来るな、ガキ殺すぞ」
 少年の喉元に包丁があてがわれた。
 少年の元へ駆け寄ろうとするのを警官に押しとどめらていれた母親が、悲痛な叫びをあげる。
 その場は一気に緊張感に包まれた。
 雨足は次第に強くなり、少年と母親のお互いを呼び合う声もかき消されるような勢いだ。
 しばしの間、にらみ合いが続く。
 いつの間にか集まり始めた野次馬も固唾を呑んで状況を見守る。
 その時だった。
 突然、なんの前触れもなく一発の銃声が響いた。


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